「寒川店は、商圏需要が限られた神奈川県の田舎町にあります」
-小誌「増田信夫の油外放浪記」3月号で、MIC・オートキヨスク寒川SSはこのように紹介されていた。
が、実際は湘南の海まで車で15分ほどの住宅街。工場地に近く、華やかさはないものの、田舎という感じではない(と、田舎出身の筆者は思う)。同店が面する県道46号線は産業道路で、 トラックも多く走っている。
そんなエリアにあって、この店は規模も大きく、実に華やかだ。「車検」「鈑金」「ニコノリパック」等の派手な看板が目に飛び込んでくる。
昨年10月、同SSの店長に就任したのが、MIC初の女性店長・野上志桜里さん(31) だ。 モデルの滝沢カレンさんに似た、身長170cmのすらりとした体躯の持ち主。爪には美しい桜色のネイルが施されていた。
彼女は社員歴4年のシングルマザーだ。新車リースや車販で高い実績を挙げてきたが、店長への抜擢には懸念する声も多くあったという。
だが、その心配をよそに、同SSは彼女の就任後、車検とレンタカーで月間ギネスを更新し、1月は月間最高利益を出した(詳細は3月号参照)。
しかも、堀之内SS(東京都 八王子市)の新規出店に伴い、スタッフが4人も異動した後に、である。野上店長は、いかにしてこの数字を出したのか?
車販で利益は出さない
欲しいのは長い付き合い
まず、野上店長と同店との出合いから見ていこう。
2012年、2児を抱えて離婚した野上さんは、仕事を探していた。しかし、事務や接客業など受けた13社すべてに不採用。保育園入園に必要な就労証明書提出期限まであと1日と迫った日ー「イメージが悪いから、絶対やらない」と思っていたガソリンスタンド(=MIC)の仕事が決まった。寒川SSオープン前日のことだった。「1カ月で辞めようと思っていたけど、7年続いちゃった」と笑う。
それは「楽しかった」から。
車検等を受注すると、驚かれ、褒められ…「それが気持ち良くて、毎日仕事したいくらい好きになった」。また、インセンティブで頑張った分だけ返ってくることも魅力だった。ほどなく彼女は「責任を持って発言したい」と社員になることを望んだ。その希望を自ら言葉に出し、3年後、念願の社員になった。
15年に同SSから始まり、現在フランチャイズで増えている 「ニコノリカーリース」で、彼女は目覚ましい活躍を見せ、トップセラーヘと上り詰めた。「説得力ある発言をするために、実績が必要と考えた」と話す。
彼女の販売のモットーは「お客が困った時、自分も家族の一員になったつもりで、きっかけづくりや最適なアドバイスをする」こと。車の乗り方や家族構成といったお客の背景、考え方、悩み等を聞き出したうえで、お客にとって…ゆくゆくは同店に とっても…最も有益なベストアンサーを導き出す。
たとえば、同社イチ押しの二コノリカーリース。野上店長自身も利用者で、実感を持って利点をお勧めできる商品だが、お客が前向きでなさそうだと感じると、販売に話を切り替える。
車販では、お客に「どこよりも安い」と言い切るという野上店長。お客は皆、ディーラーの見積もり持参でやって来るが、そこから、お客がびっくりするほどの値引きをするという。すると、お客は「ここでしか買わなくなる」-。
実際、本体価格ではマイナスになることもあるそうだ。そこにコーティングやナビなど諸々の装備代でわずかな儲けを出すが「車で利益を出そうと思っていない。目先の欲は出さない」ときっばり。
「私が欲しいのは、その後の長い付き合い。薄利多売の精神で、数が欲しい。お客にも『何かあったら、うちに持ってきてください』と話している」。ちなみに「(大きな値引きは)公にやっていないので、内緒ですよ」と耳打ちするのも効果的とか。
相手の懐にスッと入りこむ、こうした手法は”志桜里”オリジナルと呼ぶべきか。「本当に縛りなく、自由にやらせてもらってきた。その分、責任は取る」。 もちろん、ディーラーや競合店に負けるなど悔しい思いもしてきた。その度に彼女は同じミスを繰り返さないため「あの時、お客さまはどういう気持ちだったのだろうか?」と失敗の原因を突き止めることをしてきたという。
スタッフは死を感じて
力を発揮した!?
こうしてトップセラーに上り詰めた野上店長だが、かつて店内では孤立していたという。「天狗状態で、協調性に欠けていた」と振り返る。
そんな彼女に「その態度はダメ。自分から変わらないといけない」と諭したのが、西府啓輔前店長(現ニコニコステーション堀之内店長)である。
指摘を受け、彼女はまず相手に興味をもつところから始めたという。皆と同じ仕事をしながら、次第に仕事以外のことを話す間柄になり「協調性を身に付けていった」と話す。 彼女の「人の気持ちを汲む」 努力を、ほかのスタッフも認めてくれた頃、店長昇格の打診が あった。
西府前店長の強い推薦があったとはいえ、若い女性に店長が務まるのかと反対する声も少なくなかったという。
一方、当の本人は「車販からもう得るものはない。次のステージでさらに学びたい。店長になるのは私しかいない」と意欲満々だった。
しかし、実際その立場に立ってみるとー「分からないことだらけ。見たことのない数字が並んでいた。店長になってはじめて店のボリュームを知った。周りも不安だったと思う」
とはいえ、数字的には冒頭で述べた通りの快進撃を続けた。その理由を野上店長は次のように推察する。
「死を感じると力を発揮する…みたいな感じ。(人事異動で)人が減り、これまで他力本願だったスタッフが、自分たちの生活がかかっているから、どうにかしなきゃと考え始めた。その思いが団結を生んだように思う」
この間、彼女は1人で販売とマネジメント、数字管理と孤軍奮闘し「本当にしんどかった…」 と吐露した。
アテンドはしない
各々が持つ武器で勝負
現在、オートキヨスク寒川SSには、メカニック5人、営業(店長を含め)4人、アルバイト5人の計14人が在職している。 10~50代の男女で、野上店長は若い方だ。
実は、同SSのドライブウェイにはスタッフの気配がない=アテンドがいない。店頭での声掛けの代わりをしているのが、人目を引く看板というわけだ。
正直、私(筆者)は故意に無人の店頭を初めて見た。営業の主な仕事は看板やネット、チラシ、あるいは紹介で商品の購入を相談しに来たお客への販売である。人材確保が難しくなるなか、こうした効率的な手法を取り入れたい企業は今後増加するだろう…が、それは非常に勇気のいる決断でもある。
野上店長は営業に「本人の武器、アイテムを増やせ」と指導しているという。商品知識はもとより、お客の情報を聞き出すノウハウ、表情や感情の読み方、駆け引き…営業に必要なアイテムはごまんとある。営業は、来た客を逃さないことが最大の使命と言えるだろう。
最近、同店は「紹介が非常に多い」と言う。お客の立場に立った最適なアドバイスを、スタッフもまた積み重ねてきた、その成果だろう。「すべての油外販売およびガソリンボリュームが微増傾向にある」と野上店長は話す。
店長になって半年。働く時間は長くなったが、同居する父や2人の息子は「理解してくれている」と言う。特に父は自身の仕事の傍ら、家事を一手に引き受けてくれ「足を向けて(寝てるけど)寝られない」と笑う。
今後の目標は「男性店長に負けないように、売り上げも利益もトップを目指したい。そのために『お客と距離感の近いSS』を目指す。できればガソリンスタンドではなく『車屋さん』と呼ばれたい」である。
彼女は店長になった時「誰よりも苦労しよう」と決意したと いう。「気持ち悪いくらい会社への愛が強い。私を拾ってくれ、育ててくれた義理がある。大好きな会社に、これからも貢献したい」